データジャーナリズムで切り開く新しい報道の姿
(本記事は朝日新聞テックフェス2024のテクノロジーショーケース第1部の採録です。当日の様子はこちら↓からご覧いただけます)
私、記者ですがもともとはエンジニアとして入社しました。2008年に入社して5年目に、人事交流で記者の現場に出てみないかと声をかけられ、徳島総局に異動しました。行ってみたら水が合って、人に話を聞いたり記事を書いたりすることがすごく楽しくて、報道局で取材したり、またエンジニアに戻ったりと行ったり来たりを繰り返しています。エンジニアに戻った時にAI、機械学習技術のプログラミングやデータ分析でPythonを使っていたので、自分でデータ分析も取材もどちらもできる記者として、データジャーナリズムという分野に取り組んでいます。
データジャーナリズムはテックの方にとってあまりなじみのない言葉かもしれません。日々の速報を取材して書くというのは新聞社の大切な仕事ですが、調査して社会の問題点などを見つけて取材する調査報道という手法もあります。データジャーナリズムはその中で最近注目されている新しい分野です。大量のデータを分析、可視化しながら、取材やニュースの端緒を見つける手法です。現在5人ほどのチームでデータを基にした新しい調査報道にトライしています。
かつての調査報道は、例えば全国の政治家たちがどう政務活動をしたかを領収書や自治体に提出した資料から調査する際、全国からいわば何十万件という紙を集めて、それをひたすらめくって問題点を1個ずつ見つけていくという手法でした。とても大事な手法ではありますがアナログな手法です。
紙が中心の調査報道が主流でしたが、ご存じのようにインターネットがこれだけ広まり、SNSも広がって、ネット上に大量の情報がある時代になりました。また国や行政機関がオープンデータというかたちで自治体が集めたデータを積極的に公開する社会になりました。さらにPythonやRなどの言語で記者自身がデータ分析をすることが可能になり、QGISなどの地理情報を分析するオープンソースも非常にいいものが出てきました。またコードで可視化するツールやMapboxを中心とするマッピングの技術が広まっていく中で、データ分析と可視化を旧来の取材手法と組み合わせて、データジャーナリズムを実現していこうとしています。
「みえない交差点」という私が携わったプロジェクトを紹介します。警察庁が全国で起きた交通事故を、どこでどういう人が何時何分ぐらいに起こしたかというデータをオープンデータとして公開していて、そのデータを独自に分析したところ、事故が多くて危ないにも関わらず、警察が集計している統計情報に現れてない交差点が全国に何十件もあるということを見つけた調査報道です。
実際どんなデータを分析したかというと、2年間(2019年と2020年)で起きた事故約70万件を分析しました。
私たちが分析した事故発生回数が多い地点のランキングと、例年警察が出しているランキングを比較してみたところ、警察のランキングに入っていない交差点がありました。交通工学の専門家に取材すると、分析の手法が合っているかわからないが現地に行って調べてみる価値があるのでは、とのことでした。そこで現地に赴いて警察にも取材をし、実際に警察で分析をしている分析官にも話を聞いたところ、実は事故が多く起きているけれど警察の分析手法では見つかっていないものがあるということがわかりました。なぜかというと、旧来の警察の分析手法では信号機や交差点に名前がついている場所しか分析できず、路地裏にあるような名前がついていない小さな交差点は分析対象外であったということでした。こういう交差点では車両がそこまでスピードを出さないので死亡事故などの重大事故は起きていないが、年に5件、10件と事故が起きていることは問題ではないか、ということを見つけて報道したのが「みえない交差点」です。
そういった問題点を見つけたことに加えて、Mapboxというサービスを使って、この約70万件すべての事故をマッピングしました。さらに私たちが見つけた危険な交差点も同時に記事にして見せることによって、こういう身近な路地裏の交差点でも、実は事故がたくさん起きていて危険な場所がある、ということを伝えるコンテンツにしました。また事故の場所・地名や時間帯、年齢によって検索できるようになっています。例えばお子さんの通学路で危ないところはどこかが検索できて、身近に交通事故は結構起きているということを、スマホで気軽に確認できる機能にしました。
データを起点に取材すると、報道された側も対応せざるを得ない、疑いようのない事実なので、対応に動き出したという例があります。一例ですが「みえない交差点」で危ないと指摘した交差点に、新たに一時停止の標識が設置されて実際に事故が減ったとか、
さらに警察がこれまでの分析手法をあらためて、私たちがやったようなより詳細に危険な場所がどこなのかを突き止めることができる分析の手法に変えたという動きが実際に起きました。データジャーナリズムによって報じることで社会が動くという可能性の1つを、知ることができた企画となりました。
同じように「水難事故マップ」を今年の夏に初めて公開しました。特に夏場を中心に海水浴で溺れたという事故がよく報道されますが、実は川や海のどの場所で事故がよく起きているのかというマップがなかなかありませんでした。
データは新しい石油、と言われていますがDXが報道の分野でも起きていると考えています。データはそれ自体は無味乾燥なおもしろくないものですが、分析や可視化によって情報を見つけて、我々はそれを取材して新しい知識をニュースとして世間に届けることができる、これがデータジャーナリズムの魅力だと思います。
現在、社内外含めてデータジャーナリストを絶賛募集中です。興味がある方はぜひお声かけください。